Quantcast
Channel: 武蔵野舟木組2019 舟木一夫と共に
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1652

昭和38年11月1日 広告

$
0
0


にほんブログ村 芸能ブログ 男性芸能人・タレントへ 
ランキングチェックお願いします

イメージ 1

イメージ 2
昭和39年「ロッテ歌のアルバム」御三家初共演

昭和38年後半、舟木さんの爆発的な人気を境に、10月には三田明さんがデビュー。
39年になると西郷輝彦さんがデビューして、一気に当時の芸能誌の紙面を埋めるスターが若返った。その要因の一つは、スター歌手が出演する歌謡映画が増えた事も要因だろう。
スター歌手が映画の出演と共に、映画スターの歌手活動も盛んになった。映画斜陽化し始めたとはいえ、まだまだテレビが映画を超える事は無く、映画は娯楽の一番手だったと思う。ラジオから流れる音源だけで無く、映画でビジュアルを眺められる。
若者たちは、それまでとは違う自分たちの世代のスターを応援するようになった。

翌年の昭和39年は、東京オリンピックの開催もあり、新幹線や高速道路、ビルや競技場などの建造物が建ち、そしてテレビの普及は一気に加速した。その後のカラー放送も時代の流れを変えていく。

話は変わるが、自分の記憶の中で、この当時までの記憶は殆ど色が付いていない。
理由は明らかで、テレビは白黒、写真も白黒、映画も半分ぐらいが白黒だったからだ。カメラにカラーフィルムを入れる事など殆ど無かった。フィルム代は高いし、現像代も高い、ましてやプリント代も高いから、誰かに上げる事も出来ない。
当時流行ったのがハーフカメラ、36枚撮りのフィルムで倍の72枚撮れる。フィルム代は安くなるが、無駄にシャッターを押すようになり、結果は割安には余りならなかった。修学旅行の記念写真も、卒業記念写真も白黒。雑誌のカラーページは数えるほどで、白黒写真にブルーやブラウンなどを乗せているから、カラーのように見えるが実は白黒。中にはカラー写真でも、色を重ねて印刷しているから、カラーがずれているものがあったりする。よき時代と言えば良き時代だが、今の若者には信じられない時代だろうな。



Viewing all articles
Browse latest Browse all 1652

Trending Articles



<script src="https://jsc.adskeeper.com/r/s/rssing.com.1596347.js" async> </script>