山本周五郎原作の人情裏長屋テレビ時代劇「ぶらり信兵衛」でもお馴染みの信兵衛の舞台化だ。演目は「いろは長屋の用心棒」で、主人公の松村信兵衛はもちろん舟木さんが演じている。簡単にあらすじを書くとお酒が何より好きな信兵衛は、居酒屋「丸源」に入り浸り。その丸源に、ならず者に追われた浪人、角倉重三郎(大門正明)が入ってくる。ならず者をけ散らす信兵衛。お金のない角倉を連れて帰り、いろは長屋に住まわせる信兵衛は、姉の芳恵(葉山葉子)が苦手、嫁を取らぬ信兵衛に、次々と嫁候補を連れてくる。長屋に厠を借りに来た若侍(丹羽貞仁)は、道場主の折笠五郎左衛門(柴田彦)を父の敵と狙っているが、ひょろひょろ侍。三河屋(なべおさみ)は、いろは長屋一帯を買い取って、女郎屋にしようと企んでいる。その三河屋の取立てをしているのが折笠道場の面々で、そこへ乗り込んで道場破りをする信兵衛。もちろん強いから、看板を持ち帰る代わりに50両をせしめる。信兵衛のお見合い相手は若侍とは恋仲だった。芳恵と角倉もお互い一目惚れ。二組の恋が実ったところで、ならず者や道場の門弟たちが乗り込んできて大立ち回り。お酒の飲み過ぎで大虎になった信兵衛は、お酒が入るとさらに強くなる。悪人たちを退治して、そのまま寝込んでしまう信兵衛。墨で顔にイタズラ書きをされた信兵衛が・・・お酒飲むな 酒飲むなぁ~の ご意見なれど ヨイヨイ酒の飲みゃ~ 酒飲まずに 居られるものですか ダガネあなたも 酒飲みの身になってみやしゃんせ ヨイヨイちっとやそっとのご意見なんどで 酒やめられましょかトコ姐ちゃん酒持って来い顔に墨を塗られた信兵衛さんが歌いながら、花道を下がっていく。舞台上では、出演者全員が、ストップモーションで緞帳が降りていく。こんな娯楽時代劇を見ていると、時間はあっ!という間に過ぎてしまう。舟木さん曰く、「いい加減さを持っていて、生活感のないという役は、本職の役者にはやりづらいじゃないかと思う」舟木さんの言わんとする気持ちは良くわかるが、いやいや舟木一夫は本格的な舞台役者さんだと思う。娯楽時代劇は、昔からあって、片岡千恵蔵さん、長谷川一夫さん、大川橋蔵さん、中村錦之助さん、市川雷蔵さんなど、皆さん演じられている。舟木さんが実名を上げてこのように話される。時代を飛び越えて、駄洒落や今風のギャクといったものが入っている。最後に舟木さんが歌われた「ヤットン節」は、昔からあるものではなく、昭和27年に流行った俗曲だ。このお芝居、笑わせようとする事ではなく、生活感の中に自然と出てくる楽しさや笑いが、骨格をなしている。主役から脇役、端役の俳優さんまでが、そうしたことを理解してのお芝居で、大変楽しいものであった。6月の花の生涯は、シリアスなお芝居だったし、ある意味肩の凝るお芝居だったが、今回は体中がリラックスして見れるお芝居だったし、生き生きとした座組の皆さんの演技に、引き込まれっぱなしだった。舟木さんも然ることながら、出演者全員の息の合った、存在感のある演技に、大きな拍手を送りたいと思う。葉山葉子さんの、そそとした美しさ。長谷川稀世さんの、貫禄ある演技。大門正明さんの、ロボコップと針仕事の素晴らしさ。柴田彦さんの、堂々とした演技とお茶目ぶり。桜木健一さんの、柔道一直線。林啓二さんの、浪曲「高砂や」長谷川かずきさんの、可愛くオキャンな娘役。なべおさみさんの、観客を沸かせる楽しい語り口調。丹羽貞仁さんの、見た事のないようなコメディータッチの演技。原口剛さんは、頭ツルツルによく叩かれた。桂団朝さんと戸田都康さん二人は、素晴らしいし楽しい「暇やなぁ~」吉野悦世さんのこよりちゃん、白塗りで頑張った。名前は上げていないが、皆さん素晴らしかったし楽しかった。ところで、タヌキはどなただったのでしょう?気になります(笑)あれだけ長い間立っているのは大変だったでしょう。ご苦労様。あの役なら出来そうなので、今度さすらいを使ってください。(笑)さてさて、今回の一番のお楽しみは、舟木さんの長口上。これは絶品。途中でセリフを噛んでしまう様な長口上を、ペラペラとまくし立てるのは、何度見ても飽きないだろう。残念なのは、千秋楽で長口上が無かった事。お遊びが多くて、お芝居の流れの中で飛んでいってしまった。残念に思っている人たちは多いはず。今日の新橋演舞場で、聞かせて欲しいなぁ~。娯楽時代劇は舟木さんにぴったりですので、これからもよろしくお願いします。千秋楽は「娯楽時代劇」ではなく「喜劇時代劇」でした。
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新歌舞伎座娯楽時代劇
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